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研究内容

植物はいったん定着すると動けません。しかし自然の生態系では、温度や水分などの物理的な環境条件や、送粉者や捕食者といった生物的な環境が、場所や時間によって変わることが普通です。動けない植物は、これらの環境変動の中でどうやって生き抜き、子孫を残しているのでしょうか。それには、個体の可塑性や環境応答も大切ですし、数世代以上の時間の中での適応進化も重要です。こうした仕組みを調べることは、植物の生き様を理解するだけでなく、森林や草原を存続させる方法を知る上でも大切です。さらには、生物がどのようにして地球上のありとあらゆる場所に進出し、今見られるような多様性ができてきたのかのを解き明かすことにもつながります。

こうした大きなテーマに対して、野外におけるフィールドワークと、実験室における遺伝子解析を組み合わせて様々な研究を行ってきました。分野的には、植物の繁殖生態学、進化生物学、分子生態学、森林生態学、保全生態学、景観生態学、集団遺伝学などにまたがっています。

(これらの研究はいずれも、様々な方との共同研究です)

1:オウシュウミヤマハタザオの局所適応と自然淘汰の研究

       
(右 M. Davey撮影)

オウシュウミヤマハタザオ(Arabidopsis lyrata spp. petraea)はヨーロッパ亜高山帯の、空間的に多様な環境に生息している。異なる環境に生息する集団(=個体群、同一種内の個体のまとまり)が、過去から現在に至るまでの間、どのような局所適応を遂げてきたのかを集団遺伝学的に明らかにする。
緯度・標高・土壌の異なるアイルランド・ウェールズ・スコットランド・ノルウェー・スウェーデン・アイスランドの計36野外集団を対象に、局所適応に効いている遺伝子を現在探索している。これまでに、耐凍性・開花時期・発芽時期・病原抵抗性の4形質に集団感変異が見つかり、現在原因遺伝子をQTLマッピングによって調べている。また、シロイヌナズナにおいてこれらの形質との関連が示唆されている遺伝子約30座を含む計150遺伝子座にSNP(一塩基置換多型)マーカーを設計し、集団間分化の程度が中立な場合に期待される程度よりも大きいかどうかを解析中である。また、トランスクプリトミクス(RNA発現)・プロテオミクス(タンパク質合成)・メタボロミクス(化学代謝物)の観点からも共同研究者達によって集団間変異とその原因遺伝子が調べられている。以上のアプローチによって局所適応に効いている候補遺伝子のリストが得られた。
そこで、これらの候補遺伝子に自然淘汰の証拠が見られるか、自然淘汰の働き方は集団によって異なるかを現在調べている。また、自然淘汰の働いている遺伝子の多型が、野外での表現型や適応度を左右するかどうかを明らかにし、左右する場合にはなぜ多型が維持されているのかの解明を試みる。一つの可能性として、異なる集団からの遺伝子流動によって不適応な遺伝子が常に流入することで多型が維持されているという作業仮説を検証する。

2:ミヤマハタザオとタチスズシロソウの標高適応の遺伝学的背景と生態機構

       
ミヤマハタザオ(Arabidopsis kamchatica ssp. kamchatica)とタチスズシロソウ (A. kamchatica ssp. kawasakiana)は、セイヨウミヤマハタザオ(A. lyrata)とハクサンハタザオ(A. halleri)の種間交雑によって独立に生じた異質倍数体であることが分かっている。つまり、この2つの娘亜種は、親種からそっくり同じゲノムを引き継いでいる。にもかかわらず、ミヤマハタザオは多年草で、似たような緯度の地域でも標高30mから3000mまで分布するのに対し、タチスズシロソウは一年草で、湖岸・海岸の低標高帯に局在する。両亜種の生態の違いは遺伝的なのか、どんな遺伝子が関係しているのか、また、異なる標高のミヤマハタザオはそれに即した適応を遂げているのか、どんな遺伝子が関係しているのか、これらの問いに迫るため、生活史や標高適応に効く遺伝子の探索、対立遺伝子頻度の時空間変動、標高適応の強さや生活史の適応的意義などを生態学・遺伝学統合アプローチによって調べていく。
これまでに、中部山岳地域の4つの独立な山塊の広い標高帯を網羅する計約30集団を対象に、野外集団調査、DNA採集、種子採集、室内実験、野外移植実験を行ってきた。個体群生態学的調査によって、低標高では夏の暑さが、高標高では冬の寒さが個体群の存続を規定している要因であることが示唆されている。室内実験によって、低標高の集団はいずれも高い耐熱性を有すること、低標高と高標高の集団ではカラシ油配糖体の濃度をはじめとした化学物質組成が異なること、高標高の集団ほど発芽が早いことなどが分かっている。また、ミヤマハタザオの低標高集団と高標高集団の間と、ミヤマハタザオとタチスズシロソウの間で、どのような遺伝子が特に異なるのかを調べる網羅的なスクリーニングも終了している。
今後は、野外の適応に特に効いている形質と関連した遺伝子の、野外生態系における空間変異や、時間変動(=進化)を明らかにしていく予定である。

トピック:温暖化による進化

温暖化によって、生物の新たな進化が起きているだろうか?それは、もともと保有していた遺伝的多型や集団間のジーンフローによって規定されているのだろうか?ミヤマハタザオは、このような問いに答えるのにも理想的な材料である。まず、1980年代から顕著な温暖化が続いている中部山岳地域において、標高30mから3000mという極めて広い標高帯にまたがって分布している。また、いくつもの独立な山塊に分布しており、標高傾度の反復が取れる。そこに加えて、遺伝的解析に有利である。これらの利点を活かして、温暖化による進化の実態も明らかにしていきた。

トピック:真の集団生物学に向けて

分子手法の爆発的進歩と情報蓄積、ゲノムワイドな情報を活用する集団・量的遺伝学的理論の発展により、(1)野外で見られる表現型変異の遺伝的背景(エコゲノミクス)、(2)集団サイズ変化・遺伝子流動・自然選択などの集団履歴、が分かるようになってきた。ここに、環境の時空間変動の中での表現型機能と適応度という生態学が扱ってきた情報を重ねることで、変異・選択・遺伝という進化の三要素に正面から取り組める。また、これまで進化生態学であまり扱ってこなかった遺伝体制、表現型相関、突然変異バイアス、遺伝分散の供給・枯渇バランスなどの遺伝的制約を考慮することで、進化の方向・速度とその規定条件についての理解が飛躍的に高まるだろう。
ダーウィン以来の問いである、「生物・非生物学的要因による自然淘汰によって、異なる環境でどのような遺伝子が選択され、進化が起きてきたのか?」に直接答えることも可能な状況になってきている。
この流れの先には、真の集団生物学の確立がある。これまで集団生物学は、個体群生態学と集団遺伝学に分かれて発展してきて、両者の間の相互作用はほとんど調べられてこなかった。両者の融合には、次のような研究が必要であり、このような融合によって生物集団の適応進化についての理解が格段に深まるだろう。
1) どんな生態学的要因によってどんな遺伝子が淘汰を受けるか?
2) その結果、遺伝子頻度が時間・空間的にどのような動態を示すか?
3) 遺伝子における変化が、個体の表現型や生態学的な機能および個体群の挙動にどのように影響を与えるか?



これまで行ってきた研究も、いくつか紹介します。

1 東南アジア熱帯超高木のジーンフローと繁殖過程

canopy       
(左から2番目 鮫島弘光 撮影)

送粉昆虫個体群が大きく変動する東南アジア熱帯雨林で、超高木フタバガキの一種が、ある年には昼行性のオオミツバチ、別の年には夜行性の蛾と、年によって異なる送粉者を利用することで安定的に交配していることを、木登りによる観察によって発見した。どちらの送粉者も成木の低密度を補う広範囲で花粉散布していることをDNAマーカーで示した。80%以上の花が自家受粉する一方で、花粉管の迷走という新奇な自家不和合性と、結実・発芽期に働く強い近交弱勢の結果、実生の自家受粉率は約1%まで下がることを示した。実生定着期には反対に、遠交弱勢が重要な死亡要因になっており、両親間の血縁度が子に与える効果が生活史段階によって変わることを明らかにした。

2 外来マルハナバチの在来植物への影響

       
トマト等の授粉用に輸入されているセイヨウオオマルハナバチの生態影響を評価した。まず、北海道の千歳・恵庭地域でセイヨウオオマルハナバチの野外越冬個体群が急速に増加していること、セイヨウオオマルハナバチが在来マルハナバチを数で凌駕する地点が多いことを定量的に示した。また、セイヨウオオマルハナバチが多い地域には在来マルハナバチが少ないという傾向があり、これが競争の結果である可能性があった。そこで、セイヨウオオマルハナバチを駆除する野外除去実験を行った結果、在来マルハナバチの個体数増加や個体サイズの改善が検出され、マルハナバチ種間の競争が示された。さらに、外来送粉者問題の核心である、在来植物への影響を調べる網室操作実験を行い、セイヨウオオマルハナバチしかいない場合には在来植物7種のうち5種で適法訪花頻度・結実率・果実サイズが下がること、セイヨウオオマルハナバチの優占度が低い場合にも植物に大きな影響を与える場合があることを明らかにした。セイヨウオオマルハナバチによって送粉がうまくいかない場合には、セイヨウオオマルハナバチに訪花されない場合と、盗蜜をされてしまう場合があった。一連の研究により、(1)セイヨウオオマルハナバチが野外定着しており、セイヨウオオマルハナバチが(2)在来マルハナバチと競争している、(3)在来植物の繁殖に悪影響を及ぼすことを明らかにした。